2008年05月13日

石油とブラームス(「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」ポール・トーマス・アンダーソン監督作品)

その時、ブラームスの旋律が高らかに響いた。美しいがどこか滑稽で、空恐ろしい。心の隙にすっと入り込み、容赦なく切り込む。そんなブラームスの音楽が、作品世界にぞっとするほどかみ合っていた。
ブラームスは不思議だ。学校の音楽室に飾られている姿は、重々しく気難しいドイツ人。確かに彼は、交響曲を4曲しか残さない、こだわりの人・寡作の人であった。それらはいずれも研ぎ澄まされて美しいが、たとえば一番は暗く思い予感を、二番は天上の音楽とも言える甘美なやすらぎを湛えている。いずれも、どこか浮世離れしているのだ。繰り返し聴くほどに味わいが深まり、ふと断片を耳にしただけで手が止まり我を忘れ、たちまち引き込まれてしまう威力がある。(ちなみに、誰もが口ずさめであろうハンガリー舞曲や「ブラームスの子守唄」も彼の作品だ。)
石油を掘り進め、石油だけを手掛かりに生きていく主人公は、すべてを圧倒し、駆逐する。宗教を手段にのしあがろうとする若者の小悪党ぶりが、彼との対比でさらに薄っぺらに見える。物語が進むほどに、主人公のやり口に快哉し、若者を軽蔑したくなるのはなぜだろうか。
彼は、比較の世界を生きていない。自分を他人と比べて優越感を持つことも、うらやむこともない。蹴落とすことも、勿論ない。自分の進む道に、何か邪魔があれば例外なく取り除く、ただそれだけのことだ。振り向くことなく、深く深く進むのみ。地上の光が届かなくなっても、手元を照らす明かりさえあればいい。広い世の中ではなく、閉塞した底無しの世界を、分け入るようにして彼は生きていく。
やわな心をささくれ立たせる彼の存在は、ブラームスの音楽のように触れる者を蝕む。けれども、それは彼の預かり知らぬことだ。今もなお彼は、地核に迫らんばかりに、地底を深く深く掘り進んでいるに違いない。

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“there will be blood”
監督:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:ダニエル・デイ=ルイス、ポール・ダノ
※アカデミー主演男優賞/撮影賞 受賞
posted by staff at 22:12| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする