2008年03月03日

左目が捉えた蝶の夢〜「潜水服は蝶の夢を見る」(ジュリアン・シュナーベル監督作品)

不思議な明るさと美しさに満ちた作品だ。南欧のからりとした空気と日だまりのぬくもり、吹き抜ける潮風の心地よさを思わせる。残された機能を温存するため、傷ついた右目を縫い閉じられ、視界を半分奪われた時はさすがに胸が痛んだが、全体に漂う深刻さはない。いわゆる闘病ものとはくっきりと一線を画し、リハビリ風景さえダンスのように映し出される。
何より魅力的なのは、主人公の心情と見事なまでに一体化した映像だろう。美しい女性スタッフの胸元の陰影は夢のように甘く、謎めく。スカートの裾はうっとりと揺れる。駆けてくる子どもたちの髪は、せつないまでにまぶしく光り輝く。
そして、ふっと広がるかろやかな空想(もしくは妄想)。中でも私が気に入っているのは、気の利かない看護師にテレビディナーを邪魔され、ため息まじりに思い浮かべる豪華なディナーだ。美しい女性編集者とレストランで「偶然」出会い、二人はめくるめくひとときを過ごす。想像の自由は誰にも奪えない。周りの都合で現実に引き戻されても、彼の作り出すもう一つの世界は、常に現実世界を彩り、彼にいたずらっぽく囁きかける。
彼はもう、愛するものたちに手で触れることはできない。けれども、彼のまなざしは深くそれらをとらえ、惜しみなく愛情をそそぐ。それは、彼にしかできず、彼しか知りえないことがら。…そんな甘美な秘密が、もどかしく、重荷に感じられてしまうときもある。けれども彼には、素晴らしい理解者がいた。
老いて車椅子生活を余儀なくされていた父親と、彼は思いがけず同じ立場となった。一足先に孤独を知った父は、彼をあたたかく受け止め、二人はかつて共に暮らしていた頃以上に互いを思い、心を交わす。そんな父息子の邂逅は、きらめくエピソードの連なりの中でも、特に観る者をゆさぶり、深い余韻を残す。
いつまでも観ていたい。でも、いつでも心の目を開けば観る(思い出す)ことができる。「蝶の夢」は、私たちの日常に連なる、豊かな体験をもたらしてくれる。

〜〜〜
「潜水服は蝶の夢を見る」
監督:ジュリアン・シュナーベル(「バスキア」「夜になる前に」)
原作:ジャン・ドミニク・ボビー
出演:マチュー・アマルリック、アンヌ・コンシニ
posted by staff at 01:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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