2008年04月03日

色あせぬ十代〜「サード」(東陽一監督)

この映画は観ておいたほうがいいよ、と言われたのは二十代はじめ。それから十年あまり経ち、やっと出会うことが出来た。それでも遅すぎることはない、鮮烈な出会いだった。
せんだいメディアテーク月例上映会『ATG現在と未来#2』において上映された「サード(東陽一監督)」。東監督と同じく日大で映画を学んだ富永昌敬監督(「パビリオン山椒魚」)のトークもおもしろく、非日常であるはずの少年院生活がより日常的で、非行や社会生活の方がふわふわとした非日常にみえるという「ねじれ」から、峰岸徹演じるヤクザのわかりやすさまで多岐に及んだ。思わぬ展開に爆笑しつつも、改めて気付いたこと、考えたことがたくさんあった。いくつかを書き留めておきたい。

1 群像劇が活写するもの
物語は、少年院で淡々と生活する主人公・サードを軸に、サードを取り巻く個性豊かな少年たちと、サードが犯罪に至るまでの経過を描く。トークでは、少年たち一人ひとりにくっきりとしたキャラクターを持たせた描き分けの効果(ニックネームが端的に特徴を表し、(坊主頭ゆえに)混同しかねない彼らの「違い」を際立たせている。また、彼らは皆少年院での性向から名付けられているが、院内生活になじまず距離を保っているサードだけは「中学で野球部だったから」という噂だけで「サード」と記号化され、さらに特化されている。)が話題となった。
元刑務官という経歴を持つ原作者・軒上(城?)伯が描く少年像は驚くほどリアルで、古さを感じさせない。そして、多角的に少年たちを捉えた群像劇という構造が、唸るほどに「効いて」いる。もしかすると、対象となっているのは複数の少年たちではなく、全てひとりの少年が持ちえる多様な側面であり、あえて群像劇とすることで、各側面を丁寧に描いているのではないか?と思われた。
十代は、自我拡散の時期などと言われるように、さまざまな場面・さまざまな時期に、それまで自覚していなかった「自分」が立ち現れる。そして彼らは、新しい自分と折り合いを付けることに追われ、エネルギーを費やす。
「サード」の回りにいる「短歌(いつも短歌で心情や状況を俯瞰するニヒリスト)」「オシ(号令さえ拒否するだんまりや)」「2B(鉛筆をかむことでうっぷんばらしする軟弱者)」「紙飛行機(紙飛行機作りに熱中し、自由を夢見る。)」と呼ばれる少年たち。…実は、少年たち全てが、サードのような扱いにくさ、短歌のような冷めた視線、オシのような不器用さ、2Bのような弱さ、紙飛行機のようなのめり込む姿勢(そして挫折)を持っているのかもしれない。

2 少年なのに「おやじ」?
短歌を詠むのはもとより、ボランティアで来訪した女子大生たちを品定めする少年たちの会話が十代とは思えない等々、彼らの「おやじ」ぶりも話題になった。
あくまで私見だが、彼らの「おやじ」ぶりも、それなりにリアルだと思う。彼らは、一人ひとりは「かわいらしく」歳相応な振る舞いをするが、集団となると一変し、仲間の手前…という思いが先立つのではないか。不良文化に「背伸び」「大人ぶる」という要素があるうえに、人に弱みを見せまい、上に見られたいという気持ちが、上滑りすると「おやじ?」になるかもしれない。さらには、ある意味(非行・犯罪を介して)社会経験が抱負過ぎるため、偏って老成してる場合も考えられる。

3 書き留める意味
短歌でも日記でも手帳でも、折にふれて何かを書き留めるのは、単調に思える一日を記憶に「刻みつける」ための、本人なりのやり方ではないか、とふと思った。内容にかかわらず、書き留める行為そのものに意味があるのだ。無人島に漂着したロビンソン・クルーソーは、何年も何年も、日付を表すナイフの傷を毎日木の幹に刻み続けていた。その姿が、「短歌」と呼ばれる少年に被った。

…ぜひ、映像で・文字で、「サード」に出会ってほしい。それは、かつての自分との再会であると同時に、新たな自分との出会いかもしれない。

cma
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「サード」1977年
監督:東陽一
原作:軒上伯
脚本:寺山修司
出演:永島敏行、森下愛子、島倉千代子、峰岸徹
posted by staff at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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