2005年07月01日

トーキー映画

昭和6年(1931年)、松竹の『マダムと女房』が本格的トーキー映画の第1作だそうです。隣家のジャズバンドの音に悩まされている劇作家がその家のモダンマダムに心を惹かれる。劇作家の女房が田中絹代。

昭和9年(1934年)は松竹の『隣の八重ちゃん』。大学生と女学生の淡い恋。女学生の姉のモガがからむ島津保次郎監督の傑作。モガはモダンガールでしょうか。

sho
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2005年06月26日

ダイナ

夢野久作の『殺人リレー』は昭和9年(1934年)雑誌「新青年」に発表されました。(石井聰亙監督の『ユメノ銀河』は時代をそれより後の昭和20年代に設定しているようです。)

昭和9年の流行歌に『ダイナ』があります。「ダイナ〜 私の恋人」というあの曲です。立教大学出身の無名のバンドマンだった三根徳一がディック・ミネと名のり、自らの訳詩でうたって大ヒットさせたもので、この年創業されたテイチクのヒット第1号だそうです。

sho
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2005年06月25日

探偵小説

ユメノ銀河』の原作は夢野久作の『殺人リレー』ですが、昭和のエンタテイメント50篇上・下(文春文庫)に夢野久作、江戸川乱歩、横溝正史とあって、確かに昭和のエンタテイメントです。探偵小説というジャンルもあったんですね。

夢野久作:
明治22年、著名な国士杉山茂丸の長男として福岡市に生まれる。関東大震災の取材でジャーナリストとしての才能を発揮した後、大正15年、九州日報社退社の年に『あやかしの鼓』で雑誌「新青年」にデビュー。狂気を扱った長編『ドグラ・マグラ』は昭和文学の極北と評価されている。昭和11年歿。

江戸川乱歩:
明治27年、三重県生れ。大正12年、『二銭銅貨』で雑誌「新青年」に登場。乱歩の登場は、都市型文化が未発達だった当時の日本にあって、国産の探偵小説家の誕生を絶望視していたファンを驚嘆させた。以来、日本のミステリ界の歴史は彼とともにあったといっても過言ではない。昭和40年歿。

横溝正史:
明治35年神戸生れ。大正10年『恐ろしき四月馬鹿』(新青年)で作家デビュー後、大正15年「新青年」編集者となる。昭和2年から3年にかけて編集長をつとめ、同誌をモダニズムをリードする雑誌にそだてあげた。昭和23年、『本陣殺人事件』で探偵作家クラブ賞受賞。『ネクタイ奇譚』(昭和2年)はモダニスト横溝正史の代表作。昭和56年歿。

sho
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