監督にお会いして、8ミリのことをいろいろと思い出した。
そもそも当時も珍しかったのだが、我が家には8ミリがあった。
私が3歳の初節句のとき、お雛様を買うために祖母が用意してくれたお金を両親はこともあろうに8ミリに変えてしまったのだ。この段階ですでにこの娘の将来は危ういものとなっている(と思われる)。邪魔者になるであろうお雛様より将来記録として残そうという両親の思いやりなわけだが(ちなみに私はひな祭りが大好きだ)。
その後3分しかもたないフィルムで撮られたものは、誕生日やらクリスマスになると親戚から映写機を借りてきて、障子にシーツを貼り、運動会の様子など即席上映会が行われた。我が家の数少ないイベントであった。中学にもなったころからそんなささやかなイベントはなくなり、8ミリも押入れの中にしまわれていた。
ここ最近になって、掃除をしていたらその8ミリフィルムがいくつか出てきたのである。しかし、もう映写機がない。聞けばヨドバシでビデオに落としてくれるというので、誕生日ということも手伝って、高いけれども記念にとビデオにした。
久しぶりに見た映像は日光で焼きついたりして、何が写っているのかわからないものもあり、ほとんど内容を忘れていた。そこにはよちよちと小さい私がなんとも楽しそうに写っていた。新しいランドセルを背負って、幼なじみとあっちへいけ、こっちへいけとさも大人に指示されているように歩いていたり、かまくらを父に作ってもらって、大喜びしていたり。ノスタルジアなひと時であった。
今は小さな高性能のDVがお子さんのいる家庭には当たり前になってきた。しかし、8ミリなんていう、フィルムが切れやすくて痛みやすい、時間も短いという不便だらけの機械は、それだからこそ取り直しの効かないものすごい「力」を秘めている。石井監督の「昔はそこがまたカッコいいと思った」という言葉が今も響く。
jun

